つぐ嫁ブログ

ハイセンシティブパーソンの主婦が、夫の影響で始めた趣味嗜好を散らかす雑多ブログです

読書レポ『聖母』娘を守るために母がとった愛の行動とは【ネタバレあり!】

※ネタバレが含まれます、ご注意ください

 

『聖母』

 

秋吉理香子さんの作品です。

 

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郊外の街で起きた残虐な幼児殺害事件。

 

幼い子を持つ保奈美は、残忍な犯人のその恐ろしい手が

愛おしい我が子にまで及ぶのではないかと気が気ではなかった。

 

私が守らなければ。

母として、娘を守れるのは自分しかいない。

 

そう心に決めた「母」である彼女の、愛の行動とは。

 

保奈美

 

長く続けた不妊治療の末に宿った我が子。

 

保育園に通うまで大きく育った薫のことを

自分の半身だと愛おしく思っている保奈美は

残虐な幼児殺人事件が他人事とは思えない。

 

幼い由紀夫という幼児は殺害後

性器を切り取られ、性的虐待まで受けていた。

 

恐ろしい。我が子にも魔の手が忍び寄っているのではないか。

 

保奈美は神経質なほどに薫に目を向けた。

 

スカートをやめてズボンをはかせ、

部屋からは不審者がいないか目を見張った。

 

まさか本当に不審な男を見つけてしまったときは

すぐさま警察に通報をしたし

家を訪ねてきた刑事には携帯の番号を聞き

逐一事件の進捗を伺う電話をかけていた。

 

しかし通報したはずの男は捕まった様子がない。

警察に電話を入れても情報が入らない。

 

警察の人間は役に立たない、助けてくれない。

そう理解した後の彼女はたくましく、そして恐ろしい。

 

自らの手で不審者の居所をつかみ情報を得、

娘のために自らが危険を取り除く覚悟をした。

 

彼女が不審者の家に忍び込み家探しを行い

男が犯したであろう過去の強姦の証拠に震えていた頃、

彼女の通報や懸念むなしく

2人目の子供がもうすでに殺されていたのだった。

 

今度の被害者である聡は前と同じように殺害後性器を切り取られ、

しかし性的暴行の跡はなく

代わりに両手の指を全て切り落とされていた。

 

真琴

 

剣道部に所属しちびっこ剣道クラブでも「先生」をする高校生、真琴。

 

成績は優秀で周りからの評価も高く、

隠すそぶりのないクラスメイトの女子からの好意に加え

他校の女生徒から声がかかるほどに容姿も優れており

満たされた学生生活を送っているようだった。

 

ただひとつ、この街で起きた残虐な事件の犯人である点を除けば。

 

この物語は早い段階で犯人が真琴であることが分かる。

 

ただ真琴は由紀夫に性的虐待など行なっていない。

 

次に手にかけた子供、聡もそうだ。

確かに自身の腕で絞め殺し、性器は切り取った。

しかし指を切り落としたのは?

 

誰が?なんのために?

 

聡を殺したときに爪で掻かれた頬の傷を思い

真琴は少し安堵する気持ちでいた。

 

2人の刑事

 

幼児連続殺人事件をおう刑事の中で

保奈美と接触する年配刑事 坂口と女性刑事 谷崎。

 

保奈美の不確かな通報や神経質な電話に手を焼きながらも

彼女のいう「母親の勘」には気を留める。

 

2人は真琴にも接触していた。

 

真琴の持つ大きなキャスター付きの剣道防具袋を見て

これならば幼児1人くらい運べるのではと思い立ったのだ。

 

しかも真琴は由紀夫の足取りに浮かぶスーパーのアルバイト。

由紀夫は剣道の試合に姿を見せたこともある。

 

2人の刑事はかすかな疑いを持ちながら真琴の周りにいた。

 

しかしそんな時、蓼科秀樹が犯人であると連絡が入った。

 

保奈美から通報のあった「黒いジャンパーの不審者」蓼科秀樹が、

部屋に数々の証拠を残したまま自殺したという連絡が。

 

「母の勘」は、やはり間違いなかったのだろうか。

 

「ママ」

 

真琴が薫の保育園の迎えへ行ったとき、

薫は真琴を「ママ」と呼んだ。

 

そこから真琴の回想が始まる。

 

真琴が薫を出産したのは14歳になったばかりの頃。

 

幼馴染である蓼科秀樹に強姦されたゆえの望まぬ妊娠だった。

 

親にも話した。相手方とも話した。

けれど秀樹の手中にあった証拠により泣き寝入りを余儀なくされた。

 

そして緊急避妊薬むなしく授かってしまった命。

 

不妊治療に苦しんだ母からの環境を変えて生きるという提案、

「赤ちゃんに未来を与えてあげて」という言葉もあり

薫を産むことと決めたのだった。

 

真琴の行動は全て「母なる愛」ゆえのものといえる。

 

自身の消えない傷となっている、男という生き物への嫌悪。

 

由紀夫の殺害を決めたのも、

自分が連れて行った剣道の試合で由紀夫に噛まれた薫を見て

愛する娘が自らと同じ思いを味わうことになってしまうのではと

恐れ、守ろうとした結果であった。

 

聡の殺害も同じくして、少女に向けた

「なんかいじめたくなる」という秀樹を思わせるおぞましい一言が

真琴には危険としか感じられなかったからだ。

 

「薫に何か起こった時、お前は自分を赦せるのか」

真琴は自分に問いかけていた。

 

答えはNOだったのだろう。

 

彼女は薫に降りかかる危険を自らの手で

誰にも気づかれないよう、そっと、しかし確実に排除していった。

 

「母」

 

保奈美は愛する娘を守るため、どうしても

蓼科秀樹を抹消する必要があった。

 

保奈美もまた、母として真琴を守ろうとしていたから。

 

愛する娘はあのおぞましい強姦事件によって

自殺未遂をおこすまで傷つき、子まで身ごもったのだ。

 

環境を変えて生き、今度こそ娘を守り、

彼女に降りかかる危険は少しも感じさせないように。

 

真琴に気づかれないように、しかしいつだって彼女は

アンテナを張り巡らせ見守っていた。

 

あの日もきっと、真夜中に防具袋をさげて出かける真琴のあとをつけたのだろう。

 

由紀夫の性器を切り取った真琴を見て気づいたのだ。

真琴はまだあの事件への憎しみと恐怖に捕まっている。

 

娘の犯行だと気づかれないよう、由紀夫に性的暴行の痕跡を残し

真琴さえ気づいていなかった顔の掻き傷を見つければ

皮膚片が見つかることのないよう聡の指を切り落とした。

 

部屋のベランダから黒いジャンパーの不審者を見つけ

顔を見た瞬間に気づいた。

 

憎んでも憎みきれない男が、出所してまた娘の近くにいる。

  

真琴をあんな目に合わせておいてのうのうと出所し

新しく生きようとしている憎らしい秀樹。

 

真琴の持つ2人の幼児にまつわる証拠は

すべて秀樹のものとして処理した。

 

性犯罪の前科のある秀樹なら納得がいく。

 

あとは犯人が口をきかなければいい。

 

事件を悔いたのか犯人は自殺をする。

部屋には幼児の遺体の一部やポラロイド写真、

隠蔽に使ったであろう漂白剤、たくさんの証拠を残して。

 

「これで全てが解決したの」

 

保奈美の言葉は愛に溢れていたのだろう、

全てに気づいた真琴は恐れるどころか

保奈美の娘であることに心から安堵している。

 

保奈美の愛が実ったのだ。

 

薫を愛で守った真琴を、保奈美が愛で守ったのだ。

 

明らかになった事実

 

強姦事件と薫の出産が露わになったことで

それまで端正な顔立ちの少年のごとく書かれていた真琴は

女性であったことが分かる。

 

真琴に好意を寄せていたような女生徒たちは

友人として好意を寄せていたこと。

 

対して剣道部の友人は異性として好意を寄せていたこと。

 

そして薫の母は真琴であり、真琴の母が保奈美であること。

 

しかし保奈美は薫を娘として育てているが、薫は本能で

生みの親が誰だか分かっているということ。

 

なぜ真琴が幼児を手にかけるに至ったのか、

それが母としての愛ゆえの行動であったこと。

 

その真琴を救うべくして、母である保奈美が

同じく愛ゆえの行動で守ってくれていたこと。

 

保奈美が秀樹の家で強姦された少女たちの証拠を見つけた時

あんなにも震えたのは娘である真琴と重なっていたからだということ。

 

気づくところはあったはずだがさらりと見逃してしまう。

この巧みすぎる表現に、もう一度読み返したくなることだと思う。

  

感想

 

深さの分からない水の中へ潜る、そんな一冊でした。

 

ゆるゆると沈んでいたはずがいつのまにか溺れている。

頭で処理しきれず、境目が分からなくなってしまったような。

 

読み終えた後の愕然とする感じ。

どこまで気づかなかった?

いつまで思い込んでいた?

 

絡み合う伏線と細やかな描写は

まさに撒かれた餌というにふさわしく、

気づかぬうちに喉元に刃を当てられていたような

ひんやりとした冷たさと逸る鼓動を感じます。

 

保奈美の守りたかった真琴、

真琴の守りたかった薫、

これで皆、無事に恐れるものから守られたのだろうか?

 

母の愛がいつか狂気として娘の方を向かなければいいがと願ってしまう。

 

繊細で柔らかくじっとりした感じは

湊かなえさん好きの方はきっと好まれるのではないかと思います。

 

 イヤミス好きの方、ぜひおすすめです。

 

 双葉文庫 秋吉理香子